息子(双極性障害)との毎日

息子




我が家は基本1日2食です。



息子は東京に住んでいた頃は1日1食だったそうです。

お腹が空くまでは食べないので

そして食べるのが面倒なので1日1食になったようです。



もともと食欲にむらがあり、赤ちゃんのときもマニュアル通りにはいかず

苦労しました。

ミルクの時間がきても「要りません」と断固拒否し

反対に飲むときは寄り目になるほど夢中で飲むのです。


今の生活リズムは朝食ぬきでお昼は軽め、晩しっかり

という感じです。



絵が好きな息子は美術系の専修高校を卒業後、専門学校へ3年通い

卒業と同時に親友と東京へ行きました。

夢があったのです。

ネットで家を探し引越しも家具もすべて友達と決めて

私はただ見ているだけでした。



「東京へ行くけどいい?」

初めて聞いたときはびっくりしました。

でも1人でなく高校からの友達のY君も一緒とのこと、

もう2人で色々な決まり事もきちんと話していて

引越しのお金も貯めたのだ、ということなので

「頑張りなさい。」と声をかけました。



親友と二人でシェアハウス、

喧嘩もせず、ずっと順調だったのですが。



去年の2月頃から電話で話す内容が今までと違ってきました。



「人はみんないつか死んでしまうのだから。」

「相手の感情を今まで軽く見て来たことを反省しているんや。」

「お母さんのことがすきやねん。」



いつになく脈絡のない言葉を延々と話す息子が

ちょっと変だなと思いかけた頃、

パニック障害を起こしたのです。



友達に付き添われ診察した結果、双極性障害だと

診断されました。



息子は性格的に安定した静かなタイプだったので驚きました。

でも幼少の頃から男の子にしたらよく気がつき

繊細な子ではありました。



親の離婚が彼を傷つけたのかもしれないです。

私の両親との2年半の同居もかなり堪えたと思います。

チックの症状が出始め、それを祖父に責められていました。

その一方で祖母からの溺愛もありました。



原因は全く判らないけれど

この病気は遺伝の可能性が高いようなのです。

私の父が軽い双極性障害を持っていました。



去年の夏は希死念慮が激しくなり入院もしました。

帰っておいでと息子を説得して

去年の暮れに大阪の私の家に引越してきて来月で1年になります。

私との生活リズムを整えるのに

時間はかかりましたが今は凪状態で落ち着いています。



息子の希死念慮がきつかったときに

娘の薬の知識が彼の命を救いました。

娘が病院の先生に電話をして、ある薬の処方をお願いしたのです。

その薬を飲んで息子の気持ちは噓のように治まりました。




病院や医師に任せるだけでなく

患者とその家族が動かないと命を守れないのだと

身にしみて実感しました。





今年も残すところ一か月半ほどになりました。


全てのことに今は感謝の気持ちです。

去年の夏に一度息子を失いそうになりました。

そのとき私自身も何かが崩れました。



いまの自分があるのが奇跡のようです。

戦時中の母親はこんな思いを耐えて生きたのだなと

思ったりします。




いまの息子は

平気でオナラやゲップをするしワガママもいいます。

家ではマナーの「マ」の字もありません。

でも黒猫つゆに1日1回の約束の頬ずりをして幸せそうです。

(この約束は息子が勝手に決めました。) (・∀・)



 まただっこか。




去年を思うと夢のようです。

でもこの幸せは夢ではなく現実なのです。


掃除機を言わなくても毎日かけてくれるようになりました。

忙しいお母さんは助かります。

ありがとう。。




今日の猫たち








今日のご飯




                               朝顔

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