管理下の結婚生活

思い出




私の母は彼との交際にかなり口を出しました。



門限はPM9時、厳守すること。

もちろん旅行、お泊りなど当然だめ。



短大を卒業し仕事を始めても通帳とカードは母が管理して

私は嫁ぐ日までお小遣い制でした。

うちの父と同じく毎月母から貰うのです。

貯金は結婚費用になりその金額は教えてもらえませんでした。



母は、台所にある大きな家族全員が見るカレンダーに

私の月1の身体のことを書き込んだりしました。



極めつけは私の留守中に彼を家に呼びつけて

結婚するつもりなのか聞きだしたのです。

自分も母親にそうされたから、という理由でした。



数々の嫌な思いは結婚して家を出てもずっと続くのですが、

おおらかで陽気な彼を好きな気持ちが全てを忘れさせました。



ある日早く結婚するように母に言われました。

彼氏を作らない姉を急かす意味があるのだと。

家を出たかった私は喜んで結婚について夫と相談しました。

といっても、日取りから式場まで母が決めたのですが。




24歳、初夏に夫婦になりました。


結婚式の朝、どうしても父に

「今までお世話になりました」が言えませんでした。

父がさりげなく横に立つチャンスが2度ほどあったのです。

でも涙もろい父の泣き顔を見たくなかったのです。



実家を離れる寂しさなど全くなく、ただただ幸せでした。

結婚生活は母を除けば順調に楽しかったです。


「定期を作れ」

父に叱られても母は平気で明るく家へやってきました。

来ない日は電話がかかってくるのです。



翌年、10月に長男が生まれると母の干渉は

一段と激しくなりました。

同時に姑(夫の母親)に対する敵意とも言えるライバル意識も

目立ってきました。



それでも母親なのだから我慢しました。

幼少の頃から干渉、支配されてきたので

そんなものだとあきらめに似た悲しみの気持ちがありました。



不思議なことに姉にはそうではないのです。

門限もなく給料も当然管理などしないし

姉は好きな服や化粧品を買っておしゃれしていました。




夫と2人の生活が始まっても

実家の母がずっと存在していました。

54才のとき、母に距離を置く宣言するまでずっとです。

私の過去や思い出にはずっとこの母が居るのです。



5年前にほぼ喧嘩みたいに今までの関係を断ち切ってから

背中や首の辺りの軽さとやっとひとりになれた自由さに泣けました。


そして摂食障害がぱったり治まりました。

体重も標準になり現在は健康になれました。




続きは次回です。


母の悪口ばかりで心苦しいですが私を語るのにこの人なしでは

ありえないのです。

私の人生は「母の呪縛」そのものです。



母を恨んではいなくて、

ずっと自分を責めて生きてきたのです。






今日のつゆ



今日のご飯




                       朝顔




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