姑に教わったおせち

思い出




実家の母は毎年おせちを作っていたので

兵庫県佐用郡の(母の故郷)お雑煮と共にその味と形は

しっかり覚えています。



母は料理を娘たちに伝授しなかったので

舌で覚えた味と目で覚えた形とで自分なりに作っています。



「教える」ことが苦手だったのか

自分で作ってしまう方が楽で好きだったのか

なぜ教えなかったのか理由は知りません。


ただ母の料理はおいしかったし、母自身それを自慢にもしていました。



「教育」を常に意識している父とは真逆で時々言い争いを

していたのを覚えています。



「なぜずっと家に居るのに娘に家事を教えないのか」

眉間と額を苦し気にゆがませて父が叱ると母はいつも

黙っていました。

時間がたてば父は、家の中の空気が堪えるのか無かったことにするのです。

母はそのことを多分知っていていつも黙っていました。



食事のマナーも読書の楽しさも父に教わりました。


女の子は、のあと口癖のように

「いつだって髪の毛に櫛がスーッと下まで通るようでないとあかん」

「しっかり明るく前を向いて歩きなさい」



初めての妊娠のときも母としての心構えについて聞かされました。

母のマイナス面を多分父が補っていたのです。




結婚して夫の母におせち料理を教わりました。



6月に結婚してその年の暮れのことです。


「我が家の味を覚えてほしいから、一緒におせちを作りましょう」

「実は作ったことがないのです」

「30日の朝、買物から一緒にしましょう」



その日はたかなる胸(若かった♡)をおさえつつ

初めてのおせち料理をいちから教わったのですが

いまだにそのやり方で作っているのです。




義母は京都で生まれ育った女性なので出汁を効かせた薄味料理で

大鍋で出汁を作るところからごぼうの洗い方に至るまで

すべてを指導してもらいました。



「姑=意地悪」なのかなと思っていたのに、明るくて

何よりその素朴な人柄にびっくりしました。



今年も暮れの30日は朝から大鍋で出汁を作ります。


勤勉に働けるように黒豆と

見通しが明るいように蓮根と

腰が曲がるまで長生きできるように海老と。



食いしん坊な私はおせち作りがとても楽しいのですが年々家族が減ってきて

最近は小さな三段のお重に入れています。



あまり好きではない掃除は

多分ことしもしないはずです。。 (・∀・)







今日つくりました。





今日のご飯






おまけ




                            朝顔



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